うどん-饂飩-ウドン-歴史・来歴
饂飩・蕎麦発祥之地の碑---福岡市の承天寺---うどんは博多が原点?!

饂飩・蕎麦発祥之地の碑*承天寺は、福岡県福岡市博多区博多駅前にある臨済宗東福寺派の寺院である。

この承天寺の境内に饂飩・蕎麦発祥之地の碑があります。

碑文には以下のように記されています。
仁治2年(1241年)[作者注;1240年から1242年までの期間。 この時代の天皇は四条天皇、後嵯峨天皇で鎌倉時代。「にんじ」と読む]
中国の宋より帰国した聖一国師は、羹、饅、麺の製法とともに、製粉技術も日本に持ち帰りました。羹は羊羹、饅は饅頭、麺は饂飩・蕎麦等を指しますが、聖一国師により伝えられた製法・製粉技術のおかげで、日本の粉文化が大きく発展したことは言うまでもありません。この碑は、博多の地における聖一国師の偉業を後世へと伝えるものです。

饂飩・蕎麦発祥之地の碑

左側の立柱が饂飩・蕎麦発祥之地の碑

聖一国師が伝えられた「水車を使った製粉法」が大きく普及に役立ったと言われています。

全国に広まった「うどん」は各地の文化・水・気候等によりそれぞれの特徴を生かし発展し、継承されています。 香川県の「讃岐うどん」、秋田県の「稲庭うどん」、長崎県の「五島うどん」、群馬県の「水沢うどん」、埼玉県の「武蔵野うどん」、富山県の「氷見うどん」静岡県の「吉田のうどん」、愛知県の「きしめん」、三重県の「伊勢うどん」など。
因みに「博多うどん」との特別な呼称はあまりしないが、発祥の地福岡県では「ラーメンよりうどん」と言われる方が多いくらい、うどん好きの県民です。 明治15年(1882年)創業の「かろのうろん」(「角のうどん」の意)が現存する中で最古と言われています。現存しませんが「ごぼう天」うどんも 「乙ちゃんうどん」と言われています。(後継店は「川端英ちゃんうどん 」。